クラシックの日
今回は、12月といえば、という事で、ベートーベンの交響曲第九番「合唱付き」をご紹介させていただきました。
この曲がウィーンで発表(初演)されたのは1824年5月7日。当時54歳になっていたベートーヴェンでしたが、ずいぶん前から難聴に苦しんでおり、「第九」の作曲時はほとんど耳が聞こえていなかったといいますから驚きです(ベートーヴェンは耳に当てるラッパのような形の補聴器・集音器を使っていました)。初演の時にもステージには上がりましたが、指揮は他の人に任せたためにやることもなく、曲が終わってもまったく気がつきませんでした。近くにいた女性の歌手がベートーヴェンを客席のほうに振り向かせましたが、彼が見たものは熱狂的に拍手をするたくさんの聴衆でした。
特に第4楽章でバリトン(またはバス)の歌手がすっくと立ち上がり、「おお友よ、このような音楽じゃない」と歌い出す場面は、コンサートで何度体験してもトリハダもの。「もっと喜びにあふれたメロディを歌おう!」「フロイデ!(歓喜だ!)」と続いて、あの「歓喜の歌」を歌い出します。しかし「第九」はそれで終わりじゃありません。「勝利に突き進む英雄のごとく、自らの道を行け」「抱擁と接吻を全世界に」「すべての人々は兄弟になるのだ」などなど、混迷する現代にも通じるメッセージがてんこ盛りなのです。
ところでクラシック音楽界には「第九のジンクス」があったのをご存知でしょうか。ベートーヴェンが9曲で交響曲を終えたことに関連した都市伝説風のエピソードですが、たとえばドヴォルザークが第9番「新世界より」で生涯を終え、ブルックナーが第9番の作曲途中(第3楽章まで)を世を去るなど、「第9番を手掛けたら人生が終わるのではないか」という(わりと無責任な)言い伝えが流布したのです。マーラーなどは本気でこの噂を怖がったらしく、第8番のあとには番号なしの「大地の歌」という交響曲を発表。その後に安心して第9番を完成させたものの、第10番の作曲途中でこの世を去りました。他愛もない話ですが、実際にはもっとたくさんの交響曲を残した作曲家もたくさんおり、笑い話の域からは出ないエピソードだと言えるでしょう。ちなみにベートーヴェンは交響曲第10番に着手していましたが、残念ながら完成せずに天国へと召されています。
前にもお話したように、今年はベートーベンの生誕250周年。第九は今の時期TVやラジオ、いろいろなメディアで特集され聴く事が出来ると思いますので、ぜひまた聴いてみて下さいね♪